貴子ED ほぼ1年後、春直前。貴子家出済み。貴子視点
土曜日の昼下がり。事実上自宅になっている鏑木の家に私は一人でお留守番。
瑞穂さんは昼食を食べて、自動車学校へ行ってしまった。本当は私も一緒に行きたかったのに・・・
「はぁ・・・」大きな溜息を一つこぼしてしまう。
ピンポーン、ピポンピポンピンピンピンポーン
せわしない呼び鈴の音・・・寒いし、どうせセールスか勧誘なので無視する事にする。
呼び鈴の音が消えた。諦めて帰ったみたいですわね。
ドタドタドタドタ・・・セールスかと思ったら、強盗だったみたい。
「こらぁ!貴子、いるんなら出てきなさいよ!」
強盗のほうがマシですわね・・・まりやさん。
ラフなパンツルックで仁王立ちになってるまりやさんを、私はコタツに寝転がって下から見上げる。
「何の御用ですか?瑞穂さんならお留守ですわよ・・・」
「なぁに?貴子、瑞穂ちゃんに置いてきぼり食らって、すねてんの?」
体を起こして座りなおす。
「瑞穂さんは自動車学校です」
まりやさんは寒い寒いと言いながら、私の対面に座ってコタツに入る。寒いんならいらっしゃらなくても良いのに・・・
「あんたは?」
うっ・・・嫌な事を聞きやがりますわね?この方は
「わ・・・私は瑞穂さんの助手席と言う指定席がありますから・・・」
その答えを聞いて、まりやさんが、にやぁと嫌な笑顔を浮かべる
「お金がないんでしょ?この家出娘」
うぐっ・・・思わずうつむいてしまう私。
「どうせ、家を出るときに『あなた方に援助してもらう必要はありません!』とかって、啖呵を切って出てきたんでしょ?」
うぐっうぐっ・・・ご丁寧に私の口調まで真似て・・・って言うか、私、そこまで高圧的にはしゃべりません。大体あってますけど・・・
「アルバイトしたお金も、いくらかは瑞穂ちゃんに渡してんでしょ?『生活の面倒を見てもらうために来たわけではございません』とかって、もう、意地っ張り♪」
コタツ越しに手を伸ばして、私のほっぺをぷにぷにとする。
「瑞穂さんから聞いたんですか?」
「だから、前にも言ったでしょ?あんたの事なんて大体判るって」
楽しそうに笑うまりやさん・・・瑞穂さんが常々「まりやは一番の友人だけど、一番の天敵」と言うのが良く判ります。
「で、自由になるお金の大部分は服とかに消えちゃう・・・と。小父様と瑞穂ちゃん二人じゃ、生理用品もないものねぇ~」
うっ・・・どうして女物の服って何もかも高いんでしょう?瑞穂さんの下着なんて3枚1000円なのに・・・
「で・・・そんな私を笑いに来たのですか?ずいぶんとお暇なのですね。御門のお嬢様は」
せめてもの反撃・・・じゅうたん爆撃食らった後に豆鉄砲で打ち返すようなものですけど・・・
「パジャマの上からどてらを着て、おコタでふてくされてる厳島のお嬢様ほどじゃないわよ」
豆鉄砲部隊は御門軍のスナイパーに銃殺されてしまった。
「まあ、お互い暇なんだし、ドライブ行かない?私も免許取ったのよん♪」
と言って真新しい運転免許を見せ付けてくる。日付は・・・半年ほど前。
「大丈夫・・・なんでしょうね?」
「大丈夫!まだ、無事故無違反だから」
「でしたら・・・少しだけですよ?」
暇なのは事実ですし、このままおコタでふてくされてても良い事は何一つおきそうにないし・・・
立ち上がって、すでに7割が私の服で占領されているクローゼットを開く。まあ、相手がまりやさんですし、そんなにおしゃれする必要はありませんよね。
「あんたねぇ・・・お金ないんだから、そんなに服を買うの止めなさいよ」
「夏物を片付けてないだけです」
クローゼットを覗き込んできたまりやさんが、ちょっとあきれたような声を出す。
「そうそう、家に袖を通してない服があるんだけど・・・格安で買わない?私より貴子の方が絶対似合うわよ」
そういえば、奏さんがまりやさんからたくさん服を貰ったとか言ってましたわね・・・って、売る気ですか?貴女は。
まりやさんに合わせるようにラフなトレーナーとジーパンを取り出しながら・・・どう言い返してやろうかと考えていると・・・
「私は別にただでもいいんだけど、貴子が嫌がるでしょ?私からのほどこしなんて」
くっ、的確に退路を遮断する御門軍。やっぱり、天敵だ。
「冗談よ、今度持ってきてあげるわ。貴子の悔しそうな顔を堪能できたしね」
「素直にありがとうと言っておきますわ」
「判ればよろしい」
と言ってまりやさんが微笑むのがクローゼットの鏡越しに見えた。はぁ・・・なんか、意地を張ってるのが馬鹿らしくなる。
どてらと寝巻きを脱いで、代わりにトレーナーとジーパンを履く。髪をブラシで整えて・・・と。クローゼットの鏡にゴミ箱をあさる彼女の姿が・・・そ、そこはっ!?
「おさかんですにゃ~鏑木夫妻は」
あわわわわ!!!あたふたあたふた・・・全ては遅かった・・・
彼女の指先には昨夜使った避妊具・・・
「うーん、瑞穂ちゃんも大人の階段を上ってるのねぇ」
自分の顔が真っ赤になってくるのがわかる。卒倒しちゃいそう。
「何をしてるんですか!!」
あわててゴム製のそれをまりやさんの手から奪い取り、ゴミ箱に投げ込む。ぜえぜえ・・・
「恥ずかしがる事ないじゃないのぉ~一緒に住んでるんだし、小父様はほとんど帰ってこないし」
どんどん顔が熱くなってくる。でも、ここで卒倒したら、してる間に何をされるかわかったものじゃない。
「もう、行きますわよ!ほら、早く!!」
本当はお化粧も少しくらいしたかったのですけど・・・今は、一秒でも早く彼女をここから追い出さなくては・・・
「あぁん、もう~もうちょっと、鏑木夫妻の秘密を暴きたかったのに♪」
暴かれてたまりますかっ!
でも・・・鏑木夫妻・・・あぁ、良い響き。頬が緩んじゃう・・・
鏑木家の前の路上、そこに止まっている一台の車。車種は良く判りませんが、丸っこい形が女性に人気の小型普通車・・・だと思う。
だと思う、としかいえないのは、その丸っこい可愛いボディがところどこひしゃげて、へこんで、地金の色が見えてしまっているから。所々・・・じゃないかも・・・
ちなみに電信柱と車のフロントが強烈なディープキスをして止まっている・・・
ゆかり車・・・そんな言葉が頭の中に浮かび上がってくる・・・もちろん上岡由佳里さんとは関係ない。
「わわわわわわわわ、私、急用を思い出しましたので!」
「まあまあ、逃げなくてもいいじゃない?貴子ちゃぁん」
がっしりと後頭部がわしづかみにされる。いやぁ~死ぬのはいやぁ~
「無事故無違反じゃないのですか!」
「ちょっと壁に擦っただけよ~警察を呼ぶような事故もしてないし、お巡りさんにつかまった事もないんだから」
「そんなことが言い訳になりますかっ!」
「紫苑さまも由佳里ももう乗ってくれないのよ!」
「そういう車に私を乗せる気ですか!」
ジタバタ。結局乗せられてしまう私・・・瑞穂さん、貴方の貴子はもう帰って来れないかもしれません。
「くれぐれも安全運転でお願いしますね!」
シートベルトを締めながら、まりやさんに強く念を押す。3点式のシートベルトってこんなに頼りないものなんですね。
「判ってるわよ~。瑞穂ちゃんを未亡人にする気はないから」
男性のことを未亡人とは言いません。まりやさんは終始笑顔。その笑顔が信用できない。
「貴子と二人っきりでお出かけって始めてよね?付き合い長いのに」
「そうですわね・・・恵泉の幼等部の頃から、でしたわね」
懐かしい思い出・・・思い出すと・・・
「思い出すと腹が立ちますわ」
「そぉ?私は楽しい思い出だけど。何かにつけて先生よりも口うるさかったものねぇ・・・」
「恵泉の教師が言わなさ過ぎるのですよ」
車がゆっくりと走り始める。案外穏やかな運転・・・って!
「信号赤!!」
「あれ、そうだった?」
横の方でキキッキッキー!!と言う音が聞こえたような気がする。見るのが怖い。
「黄色だったわよ、貴子、目が悪くなったんじゃない?」
と、こちらを向いて笑っているまりやさん。前を向いてください。
「あっ、こんな所に新しいブティック。今度見てみなきゃ・・・」
「通り過ぎた建物を振り返ってみないで!!」
「本当に貴子ってうるさいわね・・・」
「そうそう、覚えてる?高等部2年の運動会。あの時の貴子の顔、凄かったわよねぇ~」
と、こちらにむいて楽しそうに話しかけてくる。お願いだから、前を向いて・・・ね?
そのまま車は1時間ほど走って、郊外の小さな山の天辺に到着した。
「い・・・生きてるって素晴らしい事だわ・・・」
「全く、おおげさねぇ~」
「どこがですか・・・1時間が1年に感じましたわよ。私は・・・」
「んっ~良い天気・・・肌寒いかとも思ったけど」
人の話を聞けよ、おい
山の上は小さな広場になっていて、心地よさそうな芝生が敷かれている。
まりやさんはその上に寝転がってしまった。
「芝生に上がってもよろしいのですか?」
「ホント、貴子って堅物よね・・・気持ちいいわよ?」
確かに・・・気持ちよさそう。
「それじゃ・・・少しだけ・・・」
まりやさんの隣に寝転がる。若草とお日様の香に包まれて・・・確かに気持ち良い。
空にはぽっかりと大きな雲が2つ3つ・・・春間際の太陽は柔らかな光を二人の上に降り注いでいる。
風がまだ少し冷たいのがマイナス点だけど・・・
「ねえ、貴子・・・瑞穂ちゃんとはうまくいってる?」
「もちろんですわよ」
「そっかぁ・・・私ね、昔っから瑞穂ちゃんの事、好きだったんだ」
「・・・」
多分・・・そうだろうと思ってたから・・・何も言えなくて・・・ただ、浮かぶ雲だけを見ていた。
「気が付いてたんだ?」
「大体は・・・」
静かな沈黙、風だけが二人の髪と頬をなでていく・・・かすかに春の香がしたような気がした・・・
「人の幼馴染、取ったんだから、幸せにならなきゃ駄目だよ?貴子」
「はい」
まりやさんの目に涙が光ったように見えた。私の目にも涙がたまっているような気がしたから、何も言わない事にする。
「でも、幼馴染と言えば、私とまりやさんも幼馴染ですわね」
「そういえばそうよね、幼等部からもう15年の付き合いかぁ・・・」
芝生の上で二人見詰め合って笑いあう。口々に早く縁を切りたいとか、腐れ縁だと言い合う。
こういう関係も心地良いなと思ったけど、それを言うのは悔しいから言ってあげません。
「さて・・・帰ろうか?」
「ええ、では、私はタクシーを使いますから」
「逃げるな」
いやぁぁ、死ぬのはいやぁぁぁ!
夜の運転は昼間以上に危険が一杯でした・・・
「あっ、ライト、点けてなかった」
(おしまい)