貴子とまりやの子供の頃の話。まあ、ギャグだから・・・(←言い訳)ネタが思いついたら、シリーズで書くかも・・・思いつかなきゃ書けない。
卒業して少し経ったある日の昼下がり。私はいつものように瑞穂さんのお宅で自堕落、もとい、有意義な会話を楽しんでいた。
鏑木家の桜も満開になったので、今日は気分を変えて、庭においてあるテーブルでアフタヌーンティ。
「そろそろ・・・ですかね」
「そろそろ・・・ですわね」
3つ目のグラスにアイスティを注ぎ込みながら、お互いの顔を見合う。春休みで昼まで惰眠をむさぼった方が、そろそろ鏑木家にやってくる時間帯。
「こんちゃ~・・・あっ、今日は庭でお茶してるんだ?」
能天気な声が桜の舞う庭に響く。やっぱり来ましたわね。
「最近、お茶を淹れると必ず来るね」
3つ目のグラスの前にまりやさんが座るのを見て、瑞穂さんが軽く微笑んだ。
「ここの桜も満開ねぇ~」
テーブルに座ったまりやさんが、今を盛りに咲く桜を見上げながらまぶしそうにつぶやいた。
「貴子に始めてあったのも、こんな風に桜が満開だったわね・・・」
「幼等部の入学式?」
興味があるのか、瑞穂さんが身体を少し乗り出してきた。
「そうそう、恵泉の入学式の日」
「その頃の貴子さんって、どんな感じだったんですか?」
「そうね・・・変な奴だったわよ。あの頃から」
げほっ!飲んでいたアイスティが気管に入って、思いっきりむせてしまった。
「そっそれはこちらの台詞ですわ!」
「そうですわね・・・色々と嫌な思い出ばかりですが・・・」
アイスティを流し込みながら、静かに私はあの時の記憶を呼び起こした。
満開の桜の下、私達は出会った。あの時の彼女は新品の制服を泥だらけにして、膝には大きなかさぶたがあった。
母親らしい人が凄く情けなさそうな顔をしていた事をよく覚えている。
名前も知らない生傷だらけの少女が、父が言っていた「同じ学年の御門家の一人娘」だと言う事を知ったのは、そのホンの少し後だった。
彼女の制服が泥だらけだったのは、入学式の前に立ち寄った幼馴染の家に植えてある桜の花を取ろうとして、その木に登って落ちたかららしい。
ちなみに膝のかさぶたは、その幼馴染を追い掛け回していて、思いっきりすっ転んだときの怪我だと言う。
両親や周りの大人の言う「名門御門のご令嬢」という言葉は、幼い私には難しすぎて、よく判っていなかったが、確かに「普通の女の子じゃない」と思った。
当時から、良く言えば「社交的」、悪く言えば「騒がしい」少女だったまりやさんは、たまたま隣に居た私に声をかけ、半ば無理矢理私の名前を聞き、聞いても居ないのに自己紹介をしてきた。
誰も知り合いの居ないその場所で、声をかけてきてくれたのは悪い気もせず、私達はそのまま、式の場でも隣り合って座っていた。
式が始まり僅か数分で、まりやさんは飽きてしまい、自分の膝に出来た大きなかさぶたを指先ではがし始めた。
当時の私は、両親の薦めるままに習い事ばかりをする生活だったので、外で遊ぶと言う事もあまりなく、かさぶたができるような怪我もほとんどする事がなかった。だから、まりやさんのしている事に興味を持ち、じーっとそれを見ていた。
そんな私を、後ろに座った母が軽く背中をつつき、前を向くように促した。仕方ないので、私は後ろ髪をひかれる思いで前を向いて、5分ほどが経過した。
今度は横に座るまりやさんが私の袖をそっと引っ張って・・・
「たかこちゃん・・・」
と、小さな声で私を呼んだ。
「なに?まりやちゃん」
「血・・・出ちゃった」
大きなかさぶたがペロンとまりやさんの膝小僧から垂れ下がり、白っぽく膿んだ傷口からは、ツーっと一筋の血が滴り落ち、白い靴下を僅かに赤く染めていた。
私は、両親の薦めるままに習い事ばかりの生活だったので、かさぶたが出来るような怪我もしたことなく、血という物はテレビの中でしか知らない少女だった。だから、出来たばかりの友人の足から血が流れるのを見たら・・・
「うわっ!たかこちゃんがひっくりかえった!」
「と・・・まあ、これが私とまりやさんの初対面ですわ」
「あれぇ、そうだっけ?貴子がひっくり返ったのは覚えてるんだけど・・・」
瑞穂さんは苦笑いしながら絶句している。
「ひっくり返った貴子を心配して、先生を呼んであげたって思ってたんだけどなぁ」
「思い出を美化しないでください・・・」
「多分、まりやが落ちた桜の木はあれで・・・追いかけ回された幼馴染は僕」
瑞穂さんが数本の桜の中から一番大きな木を指差した。枝振りのいい立派な桜の古木は、今年も満開の花をつけている。
あれに登ろうとする幼稚園児と言うのも、確かに只者ではない。・・・どちらかと言うとばか者と言う感じですが。
「まりやって、昔から高いところが好きだったよね。大きな岩の上とか、木の上とか」
瑞穂さんはすっかり氷が解けてしまい、少し薄くなった紅茶を流し込んだ。
「家の近くにも大きな木があったのよね。何年か前に枯れちゃったけど。そこから見る景色が大好きだったわね・・・確か、貴子にもそこに登らせてあげたでしょう?」
そんな事も・・・あぁ・・・ありましたわね。
「まりやさん、前後も良く思い出してください」
確か、小学部に上がった前後のころの事、私はまりやさんと一緒にまりやさんのお宅のそばにある小さな空き地で遊んでいた。
その空き地には大きな木があって、まりやさんはそこから見える景色が大好きだと言っていた。その日は私にもその景色を見せてくれると言う事で、私は凄く期待していた記憶がある。
しかし、その「景色」と言うのは、その木の上から見える「景色」。くどいようだが、私は両親の薦める習い事ばかりをしていたので、外で木に登ったりするような事は一切したことがなかった。
「こわいよ、まりやちゃん・・・それにせんせい、あぶないことしちゃだめだっていってたよ・・・」
「だいじょうぶだいじょうぶ、したからちゃんとおさえていてあげるから」
まりやさんが自信たっぷりにそう言うので、幼い私はなんとなく大丈夫なんだろうなと思いながら、まりやさんにお尻を押し上げてもらい、その木の一番下の枝に何とか登る事が出来た。
確かにその木の枝から見える景色は、世界の果てまで見えてるような、そして、手を伸ばせば空に浮かぶ雲にまで手が届くような気がした。
「すごいすごい!まりやちゃん、きれいだよ!」
まだ、下にいるまりやさんに私は大きな声でそう伝えた。私を見上げるまりやさんの顔は何処か誇らしげで、嬉しそうだった。
「でしょ?わたしもいまからのぼるからねぇ~」
「いい思い出じゃない」
「小さな頃は仲が良かったんですね」
「続きがあります・・・」
本当にまりやさんはこの続きを忘れてるんですね・・・まあ、そう言う人だということは良く判ってますけど。
いざ、まりやさんが上がってこようとした時、その空き地に一人の髪の長い少女がやってきた。
その少女を見つけたまりやさんは、嬉しそうに彼女の元に駆け寄った。
「あっ、みずほちゃん!」
「みずほ」と呼ばれた少女は、幼い私が見ても可愛い少女で、当時の私はまりやさんがその少女を私に紹介してくれるのだろうと思った。しかし、その淡い期待は綺麗に裏切られる。
「まりや、小母さんが呼んでるよ」
「うん、わかった!」
まりやさんはその少女の手を握ると、後ろも振り返らずに空き地から出て行ってしまった・・
木の上からまりやさんを呆然と見送る私。
「まりやちゃん、おろしてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
と、絶叫したのは、まりやさんの背中が完全に見えなくなった後だった。
「あれ、そうだっけ?」
まりやさんは平然とそう言ってのける。いい面の皮をしていると思う。
「あはは・・・もしかして、僕のせい・・・かな?」
瑞穂さんの顔が引きつっている。まさか、あの長髪の少女が少年で、十数年後、自分の恋人になるとは思いませんでしたわね。
「それじゃ、どうやって下りたの?」
「他人事みたいに言わないでください!」
実際他人事なんですけどね。まりやさんがあまりにも普通にたずねる物だから、思わず私は立ち上がって大声を出してしまった。
「1時間かけて、自力で下りましたわよ」
「まあ、幼い頃の懐かしい思い出じゃない」
無理矢理綺麗にまとめないでください。
この話にはまだちょっとだけ続きがあった。
木から下りるのに1時間も余分に時間をかけたため、私が家に帰ったときには、おやつの時間はとっくに過ぎてしまっていて、私のおやつは兄が綺麗に食べてしまっていた。
思えば、「私はいらない子なんだ」と思い始めたのはこの時からだったと思う・・・
(おしまい)