貴子視点。貴子ED後の話。前作からの続き。
ただいまの時間、10時50分。待ち合わせは11時に駅前商店街の入り口。そこまで、全力で走っても15分。どう考えても5分足りない。
「全力で走れば間に合うわよ、楽に」
元陸上部部長が気安く言ってる。
「まりやさんが、全然・・・ぜぇぜぇ・・・起きないから・・・でしょう!」
全力疾走中、全行程の半分も走ってないが、すでに肺が痛い。
「いやぁ~あんた達の真夜中の大運動会を待ってたからさ、ちょっと寝るのが遅くなっちゃって」
毎晩してるみたいに言わないで!って言うか、隣であなたが寝てるのにする訳ないでしょう!
同じ速度で走っているのに、まりやさんは軽く流している程度でしかない。
「ほら、腕の振りが悪いわよ。足も上がってない」
と、私のフォームまでチェックする余裕まで見せている。私、今日はスカートなんですけど・・・
「なまってるわねぇ~フィットネスは文化人のたしなみよ」
朝っぱらからの全力疾走はフィットネスの範疇を超えてる。しかし、反論する体力も惜しいので、反論はしない。
あの角を曲がれば、待ち合わせの商店街が見えてくる。ゴールが見えてきたおかげで、少しは気持ちが楽になる。このまま行けば、大幅な遅刻はないはず。
全力疾走のまま角を曲がれば、待ち合わせ場所で3人が楽しげに談笑して居るのが見えた。時間は11時3分。
「おはようございます」
最初に私達を見つけた紫苑さまが、こちらを向いてぺこりと長い髪を揺らして深々と頭を下げた。
しかし、私は頭を下げたらそのまま、地面に倒れこんでしまいそう。もちろん、声を出す余裕もない。
「おっはぁ~」
死に掛けている私の横で、まりやさんが余裕を持って、死語になりかけている朝の挨拶をした。余裕ありすぎ・・・
「貴子がとろくて、ちょっと遅刻しちゃったわ」
誰の所為で、朝から全力疾走する羽目になったんですか?
「おはようございます。大丈夫なのですか?貴子お姉さま」
「だ・・・だい・・・じょうぶ・・・」
じゃないかもしれない。小さな奏さんの肩を借りて、ゼェゼェと息を整えながら、返事をする。
「貴子お姉さま、少しは日常的に運動した方が良いですよ」
先輩後輩で私を苛めてぇ・・・由佳里さんは生徒会の後輩と言う見方も出来るが、それは心の棚の一番奥に片付けておく事にする。
君枝さんの後輩教育が悪いという事にしてしまいましょう。今度あったら、いびってやる。
「とりあえず、貴子さんが死に掛けてるみたいですから、先にお茶にしましょうか?」
うう、紫苑さまの優しさが(物理的に)荒んだ胸(というか肺)に心地いい。
商店街を入ってすぐにある喫茶店。ケーキとお茶が非常に美味しく、クラシックにまとめられた店内の雰囲気も気に入っている。
席について、冷たいお水を喉に流し込んで、ようや人心地。まじめに倒れるかと思った・・・本当に運動不足なのでしょうか?
「ところで、皆、プレゼントは何にする予定?」
自然とまりやさんが司会進行役に収まるのは、ある意味、人徳があるんでしょうね。
「私と奏ちゃんは二人でケーキですよ」
「それと、久しぶりに美味しい紅茶を入れて差し上げたいのですよ」
そう言えば、恵泉の学園祭でも、由佳里さんのクラスの喫茶店はずいぶんと評判がよかったらしい。私は劇の事もあって、食べ損ねてしまいましたが・・・奏さんの紅茶を頂くのも久しぶり。
「私は殿方に贈り物を差し上げると言うのは初めてですから・・・」
紫苑さまは少し困ったような顔でお手拭を指先で弄んでいる。
「貴子は?」
「私もあまり・・・去年のクリスマスには財布を差し上げたのですが」
もう少し時間があれば、何気なく聞くと言う術も・・・私には無理ですわね。瑞穂さんも変な所で鋭い方ですし。変な所で凄く朴念仁なのに。
「じゃぁ、3人でまとめましょうか?予算も増えるわよ」
「それはいいですわね。でも、やはり、恋人からは個別に頂く方が嬉しいのでは?」
紫苑さまが私のほうを見て、にこっと微笑む。はぅ・・・改めて『恋人』と言われると凄く恥ずかしいですわ。
「あっ、でしたら、貴子お姉さまは、頭にリボンをつけて・・・」
「リボンをつけて、『私がプレゼント』って言う発想は、まりやさんと同じですわよ。由佳里さん」
由佳里さんの不穏当な提案を一言で封じておく。まりや病は陸上部の風土病ですか?
「酷い!貴子お姉さま、それは『じゅうだいなじんけんしんがい』と言う奴です」
『重大な人権侵害』がひらがなですわよ。
大げさな仕草で泣き崩れる真似をする由佳里さんの頭を、まりやさんが無言で張り倒した。あっ、マジ泣きになっちゃいました。
「貴子さんはすでに瑞穂さんの物になっているのですから、いまさらプレゼント言うのはおかしいですわよ、由佳里さん」
紫苑さま、そこは突っ込み所ではありませんから。
「では、まりやさんは何か考えていらっしゃるの?」
どうせ、ろくでもないことを考えているだろうが、一応、聞いておこう。
「やっぱり、チャイナかな・・・」
やっぱり。
「瑞穂お姉さまのチャイナドレスですか?それは素敵なのですよ」
パンと手を叩いて、奏さんが一番になって賛成してしまった。相手が男性だと言う事を忘れてませんか?
「でも、チャイナドレスは採寸が大変らしいですわよ」
だから、紫苑さまも・・・瑞穂さん、泣きますわよ。
「それに、チャイナドレスって凄く高いんじゃないんですか?」
「紫苑さまと貴子、予算は?」
紫苑さまと顔を見合わせ、予算を言い合うが、合わせてもチャイナドレスが買えるほどではない。ちょっと仕立ての良いワンピースがいい所ですね。
「残念なのですよ・・・お姉さまのチャイナドレス・・・」
奏さんはうっとりと目を閉じ、おそらくは瑞穂さんのチャイナドレス姿を想像している。だから、相手が男性だってこと、時々で良いので思い出してあげてください。
「貴子、ぶつくさ言ってるけど、あんただって見たいでしょ?」
「それはもちろん」
ごめんなさい、瑞穂さん。
ワイワイと騒ぎながら、少し早い昼食をとり終え、近くのデパートへと繰り出す。しかし、瑞穂さんへのプレゼントは悩みますわね。
「それじゃ、私達は地下の食品売り場に行ってきます」
「終わったら、まりやお姉さまの携帯に電話するのですよ」
デパートの入り口で由佳里さんたちはそう言って、地下の食品売り場へと降りて行った。さて、私達はどうしましょうか。
ひとまずエスカレーターに乗って、上層階へと足を進める・・・3階婦人服売り場・・・はっ!なんで、こんな所で下りたのでしょう!?
「うーん、15年間の女の園生活で、貴子もやっぱりそっちに目覚めちゃってたのね・・・」
「まあ、貴子さんにそう言うご趣味がおありでしたとは・・・瑞穂さんをお姉さまと呼ぶ快感が忘れられないと・・・」
「一人の恋人でバイセクシャルを楽しめるわね」
ボソボソとわざと聞こえる声でまりやさんと紫苑さまが囁きあう。ちらちらと見ちゃいけないものを見るような目で見る仕草も忘れない。
「私も女子高生活が人より長かったので、最近はどうしても年下の女性に視線が行ってしまいますの」
えっ?ぴたりと私とまりやさんの足が止まる。
「そう言えば・・・貴子さんとまりやさんも年下でしたわね」
そう言って、こちらを向いてにこりと微笑む。仲良く一歩ずつ後退する私とまりやさん。
「わっ私、一応、将来を誓い合った男性が居ますから・・・」
「私もどっちかと言うとそう言う趣味はあまりないから・・・」
「冗談ですよ、冗談」
ぱちんとウィンクをして見せる。あはは・・・心臓に悪い冗談ですわ。紫苑さま。
「・・・多分」
え゛っ?多分って何ですか、紫苑さま!?
「こほん、やはりプレゼントと言うのは日常的に使えるものがいいですわね」
わざと咳払いをして、危ない話題から離れる。
「じゃぁ、日常的に女装させておくとか・・・」
「いいアイデアですわ」
「本当に瑞穂さん、泣きますわよ・・・」
下りてしまったのは仕方ないので、ぶらぶらと婦人服売り場を歩く。しかし、ここを歩いていても瑞穂さんへのプレゼントは見つかるわけもない。むしろ・・・
「あっ、このワンピースなんか、紫苑さまに似合うんじゃない?」
「あら、そうですか?お値段も手ごろですわね」
「貴子はこっちのサマーセーターなんかいいんじゃない?」
「うーん、ちょっと高いですわよ」
と、まあ、こんな感じで自分の服を見てしまうのも仕方ない事。
しかも、意外にもまりやさんの見立ては悪くない。上下の組み合わせなども下手にセットで買うよりもよっぽどしっかりしたコーディネイトになっている。
で・・・
「買っちゃった・・・」
「買っちゃいましたね・・・」
「買っちゃいましたわね・・・」
3人の手には『自分』の夏物の服が詰まった紙袋がきっちりと握られていた。
こうなってしまうのも仕方ないでしょう!?ねえ、そうですわよね!?
「どうするのよ!瑞穂ちゃんのプレゼントは!」
「まあまあ、買ってしまったものは仕方ありませんわよ」
確かに買ってしまった物は仕方がない。いまさら、返品なんてしたくありません。
「で・・・後、いくら残ってるわけ?」
「354円」
「680円」
「21円」
上から、私、紫苑さま、まりやさん。あぁ、もう、子供お小遣いにもならないじゃないですか!
と、そのとき、まりやさんの携帯電話が可愛らしい電子音を立てた。どうやら、由佳里さんと奏さんの買い物が終わったようだ。
両手一杯にお菓子の材料を買った二人と、デパートの入り口で合流した。
「パーティの日は期待しててくださいね。腕によりを掛けて作りますから」
「リーフもちょっと奮発したのですよ」
確かにこれは期待できそうですわ。
「あれ、皆さん、一つずつ買ったんですね」
由佳里さんの言葉に顔を引きつらせる三人。自分達の服が詰まった紙袋をこっそりと背後に隠す。
で、プレゼントは何にしたかというと・・・
「仕方ないわね・・・リボンよ、貴子」
「そうですわね、もう、リボンしかないですわ」
「リボンですね・・・わかりましたわ」
由佳里さんからの電話を受けた私達は、残ったお金をかき集め、1本のリボンを買いました。
(おしまい)