貴子視点 続き物なので、読んでないと判らないです。頭にリボンで3回も引っ張るとは自分でも思わなかった。
昨夜遅くから降り始めた雨は、朝になっても降り止む事はなく、静かに窓を濡らし続けている。
ステレオから流れる静かなクラシックを聞きながら、手元の布地に視線を落とす。チクチクと針を突き刺し、刺繍を進めて行く。
昨日買ってきた刺繍のセットには『初めてでも出来る』と書いてたが、実際にやってみると結構難しい。
「で・・・なんで、ここでやってるわけ?」
隣でファッション雑誌を読んでいたまりやさんが、不満げな声を出した。
言い忘れていたが、ここはまりやさんのお部屋である。当然、ステレオもまりやさんの物。かかっているCDは私が持参した物ですけど。
「しかも、いやみったらしくクラシックなんぞを掛けて。私がクラシックを聞いてる眠くなる体質だって知っての狼藉か?」
やれやれとつぶやき、手にしていた針を針山に突き刺し、重くなり始めた自分の肩を軽く叩いた。やりなれてない事をすると肩がこりますわね。
「瑞穂さんの目の前で、瑞穂さんにプレゼントする刺繍をするわけにも行かないでしょう?それに、私、ポップスや歌謡曲って良く知りませんから」
「じゃぁ、何か?あんたは出来上がるまで、毎日私んちに通ってくるわけ?」
ぽんぽんと肩を叩きながら、まりやさんのほうへと顔を向ける。しょっちゅう私に迷惑を掛けてるんだから、たまには迷惑を掛けられるくらいで、目くじら立てる必要もないでしょうに・・・
「明日は来ませんわよ、明後日パーティをするのですから、家の片付けなどの用意をします」
まりやさんだけならともかく、紫苑さままでいらっしゃるのですから。
「自分の家でやりなさいよ!」
「ですから、自分の家には瑞穂さんがいらっしゃいますしね」
「だぁかぁらぁ、実家に帰れ!」
「実家でやるくらいなら、空き地の土管の中でやりますわ」
最近、土管が放置された空き地と言うのも全然見なくなりましたけど。
「じゃぁ、空き地の土管に行け」
「空き地の土管よりかはここの方が居心地がいいですわ」
「ほかに友達は居ないわけ?」
「居ますけど、迷惑を掛けて良心が痛まない友達はまりやさんだけです」
久しぶりにまりやさんより優位に立ったような気がする。ちょっと気持ち良い。
「あんたね・・まあ、いいわ・・・どうせ、雨が降っててどこにもいけないし。でも、クラシックは消すわよ」
と、言って問答無用で私が掛けたCDを取り出し、代わりに良く知らない男性ボーカルの歌謡曲を掛け始めた。
「私、騒々しい音楽を聞いてると頭が痛くなりますの」
相手は一応家主ですし、これ以上逆らうと本当に追い出されそうなので、BGMに付いては妥協しましょう。
「それと・・・女子大生が歌謡曲に興味がないって何事?」
別に女子大生だからって、歌謡曲に興味を持たなきゃならないって言う法はないと思いますが。アニメの主題歌以外聞かない女子大生も居ますし。
「そんな、珍獣級の例外と同レベルなの?あんたは」
確かに変わった人ですけどね、その方は。
さてと、話をしていてはいつまで経っても終わらない。視線を再び刺繍に落とし、いち、に、さん・・・と目を数えて行く。
「じゅういち、じゅうに、じゅうさん・・・」
十四、十五・・・!
「いくつまで数えてたか、判らなくなったじゃないですか!」
まりやさんは私の様子を見ながら、ニヤニヤと笑っている。
「蕎麦屋、今
「時そばですか・・・」
ちなみに、時そばと言うのは古典落語の有名なお話です。意味がわからない人は検索してください。
プイッとまりやさんが部屋を出て行った。これで静かに続けられますわね・・・と、思っていたら5分も経たずに帰ってきた。
手には大きなレースのカーテン、よく見るとずいぶんとくたびれている感じがする。
「何ですの?それ」
「いらないカーテン。これが当日、あんたの包み紙になる」
まっ、待ちなさい、まさか本当に私の頭にリボンをつけて「私がプレゼントよ(ハァト)」作戦(命名まりや)をやる気なんですか!?
「当然でしょう?」
「ちょっと、よく話し合いましょう?そんなことをしても、恥をかくだけですわよ」
まりやさんは平然とメジャーで寸法を取っている。ちょっと、私の肩幅と座高を測るのはお止しなさい。
「恥ずかしいのは主にあんた、私じゃないわ」
「私は絶対に嫌ですからね!」
「そう?じゃぁ、仕方ないわね・・・」
あれ、案外あっさり引っ込んだ・・・
まりやさんはどこからともなく出した携帯電話で、何処かに電話しようとしている。
「もしもし?紫苑さま?まりやです。はい。ええ、やっぱり貴子がどうしてもいやだと言っているので、やっぱり、例の作戦は紫苑さまで」
待ちなさい!あわてて、まりやさんの手の中に納まっていた携帯電話を奪取する・・・と
「・・・11時51分20秒をお知らせします・・・」
くっ、時報・・・
「ふっふっふっ・・・あんたの返事一つで、次は本当に紫苑さまに電話するわよ?」
「弱みに付け込むとは・・・恥を知りなさい!」
「当日恥をたっぷりと知る事になるのはあんたよ」
握りつぶそうとするほどの力を携帯電話に加えながら、まりやさんの顔をにらみつける。それを平然と受け流すまりやさん。視線で人が殺せたら!
「本当は中身は裸、と言うのが定番なんだけど、流石に奏ちゃんが居るしね」
どこの定番なんだか・・・それと、由佳里さんは良いのですか?
「あっ、由佳里はそう言うのは人並み以上に仕込んでるから大丈夫」
かわいそうな由佳里さん・・・
自分の刺繍の手が止まっているのも忘れて、まりやさんが私の「包み紙」を作り上げて行くのを呆然と見つめる。
私のサイズを採り終えると、今度は紙と鉛筆で何かの計算をし始める。変な所で凝り性な人ですわね。
そして、その計算に基づき、数枚のレースのカーテンを切り、ミシンで繋ぎ合わせる。裁縫の授業は今ひとつだったのに、何でこういう場合ではこんなに手際が良いのでしょうか?この人は。
昨日は裁縫は全く駄目だと言ってたのに・・・裁縫と言うより工作に見えないこともありませんが・・・
工作・・・破壊工作?・・・なるほど、納得してしまいましたわ。確かに上手そうですわね、破壊工作とか陰謀工作とか。
「出来た♪」
出来上がってしまいましたか・・・さて、そろそろお暇しましょう。
「電話電話・・・紫苑さまの携帯はメモリー5番」
くっ・・・卑怯者。
言われるままにまりやさんの作った「包み紙」の上に座ると、数枚のカーテンで私の首元までがすっぽりと包み込まれた。
まりやさんは、私の首元をリボンで止め、ついでに髪型もリボンに合うよう、ポニーテールにまとめられた。
って・・・まりやさん?転げまわるほど面白いですか?案外しっかりと縫われたカーテンはいくら力を込めても破れたりはしなくて、代わりに私はコロンと転がってしまった。
「だ・・・だるま、白いレースのだるま・・・栗毛のだるまが転がった」
バンバンと床を叩いて笑い転げてる。いいから早く起こしてください。手も足も物理的に出ない私は、笑い転げるまりやさんを強くにらみつけるしかない。
「だるまがにらんでる・・・栗毛で白いレースのだるまが睨んでる・・・」
私の全力の非難の視線は、まりやさんを窒息死寸前まで追い込んだ・・・と言う事にしておいたほうが精神衛生上いいような気がするのでそうする事にしました。
「こりゃ、私ひとりで見るのは勿体無いわ。3日がすっごい楽しみ」
目に涙を浮かべるほどに笑い転げていたまりやさんが、ようやく私をだるまから解放してくれた。
久しぶりに今夜は枕を涙で濡らしてしまいそう・・・
開けて二日。ここしばらく、ずっとまりやさんと一緒だったので、無駄に疲れている。昨日は自分から死地に飛び込んでしまったわけですが・・・
今日は朝から家の掃除、と言っても日ごろからこまめに掃除しているので、ほとんど手間らしい手間は掛からなかった。
その後、鏑木の小父様(ご当人は会うたびに「お義父様、と呼びなさい。パパでも可!」とおっしゃってますが・・・)から頂いている食費から、明日の食材をいくらか買いに出かけれて帰ってくれば、もうする事はなくなってしまった。
「何をするにしても、ちょっと中途半端な時間になってしまいましたね」
買い物から帰ってきたのは3時を少し回ってしまった所。それを冷蔵庫に片付けていると、瑞穂さんが紅茶を淹れてくれた。
「そうですわね。こうなるのでしたら、買い物の前に映画でも見に行けばよかったですわ」
温かい紅茶のカップに口をつける。そろそろ、アイスティの時期ですわね。
いくらか冷凍食品も買ったので、買い物をしてしまえば、まっすぐに家に帰るしかない。
「明日はきっとドタバタしちゃうのが判ってますから、今日はのんびりしますか?」
100%それはもう、間違いないでしょう。あぁ・・・栗毛で白いレースのだるまを思い出してしまった・・・
「えっ、だるまがどうかしました?」
「なっ!なっなっなんでもありませんわ!白いレースのだるまなんて知りませんわ!」
なっ、何を口走ってんでしょうか?私は。墓穴を掘ってしまった・・・
「白いレースのだるま?」
「本当に何でもありませんから!」
しきりに頭を傾げる瑞穂さんをキッチンに置き去りにして、ばたばたと寝室へとあがってしまう事にした。これ以上、一緒に居たら、絶対に喋ってしまう。明日になればどうせ全て判ってしまう事なんですが・・・永遠に明日が来なければ良いのに・・・
逃げてしまいたいが、逃げれば紫苑さまが瑞穂さんにプレゼントされて・・・黒いロングヘアーの白いレースのだるま・・・
凄く可愛い・・・瑞穂さんに差し上げるくらいなら、私が貰ってしまいたい。
まあ、考えても仕方ないを考えても仕方ありません。刺繍でもしましょう。瑞穂さんは居間に居る事ですし。
昨日はほとんど進まなかったので、少しでも進めておかないと12日に間に合わない。
こういう細かな作業をしていると、周りの事と言うのが目に入らなくなるのは、誰でも同じですわよね?私がうかつなだけではありませんよね?
ふと、顔を上げると瑞穂さんがじーっと私の手元を見ていた。いつの間に・・・
「あっ、ごめんなさい、お邪魔でしたか?」
「えっ、いいえ、そ・・・そんな事は・・・」
はぁ、ばれてしまいましたわね・・・
「貴子さんって刺繍の趣味があったんですね?」
まあ、義務でも仕事でもやってるわけではないのですから、趣味になるのでしょうけど・・・
「出来上がったら、見せてくださいね」
いや、出来上がったら差し上げるつもりなのですけど・・・
「じゃぁ、邪魔にならないように居間にでも居ますね」
はぁ・・・
「あっ、それが出来上がってからで良いですから、僕にも何か作ってくださいね」
気が付いてないのですか?この朴念仁様は・・・
「もしもし、まりやさん?貴子です。刺繍、家で出来るようになりましたから」
(おしまい)