貴子ED貴子視点 海に行こう!シリーズの7本目。過去のシリーズは必読。読まなきゃ、意味がわからないかも。

海に行こう!
雨の日のすごし方編

ざーざー・・・大粒の雨が窓ガラスと水面と砂浜を叩く音がしている。

昨日まで走り回っていた砂浜は薄暗く、出しっぱなしだったビーチパラソルとチェアーが雨に打たれている。

朝食を取り終え、リビングでくつろぐ7人。テレビのニュースでは今日の瀬戸内地方は一日雨との事。外に出るのは無理でしょう。

ここに来てからは毎日、朝から晩まで海辺で遊びまわっていた。だから、こうやって静かにすごすのは久しぶり。

「退屈ねぇ・・・」

この状況に一番最初に音をあげたのは、予想通りまりやさんだった。

テレビはどこのチャンネルをかけても、大して面白いとは思えない下世話なワイドショーか、ずいぶん昔のドラマの再放送しかしていない。平日の昼間ですからね。

「それじゃ、奏は夏休みの宿題をするのですよ」

「えっ、奏ちゃん宿題持ってきてるの?」

「はいなのですよ。お姉さま、久しぶりに勉強を見てもらってもよろしいですか?」

ニコニコと嬉しそうにバッグから参考書と問題集を取り出して、瑞穂さんに声をかけると、良いですよ、と瑞穂さんは奏さんの隣に席を移した。

「あうぅ・・・奏ちゃ・・・」

「駄目なのですよ、宿題は自分でしないと」

由佳里さんが情けない声を上げようとするのを、さえぎるように奏さんがピシャリと言い切ってしまう。

「変な所でまりやさんとそっくりですわね。由佳里さんは」

ボソッと小さな声でつぶやいたのが、由佳里さんの耳に届いてしまったようだ。

「・・・まりやお姉さまとそっくり・・・」

「何で落ち込むのよ、由佳里」

そう言ってまりやさんが丸めて投げたティッシュが、ポコンと由佳里さんの頭に当たって跳ねた。

「いたぁい」

由佳里さんが大げさに痛がり、リビングに笑い声が響く。たまにはこういう時間の過ごし方も良いのかもしれない。

  

奏さんが持ってきていた別の宿題を由佳里さんに与え、それを帰ったら寮で写し合うということになった。

微妙に勉強が苦手な所も、まりやさんにそっくりですわね。言うと、由佳里さんが落ち込むので言いませんが。

「紫苑お姉さま、少し聞いてもいいですか?」

ソファーでくつろいでいた紫苑さまに由佳里さんが声をかける。

「ええ、私で判るのでしたら」

テーブルで宿題をする二人の両側に、瑞穂さんと紫苑さまが座り、手元を指差したり、何かを教えたりしている。

そうなると取り残されるのは、宿題もなければ、後輩に頼られもしない先輩二人と、幽霊三等兵一人。

「退屈ねぇ・・・貴子」

「退屈でしたら、前期の復習でもなさってはどうですか?」

「あんたこそやれば?」

「私は退屈などしていませんから」

「私も退屈ですね」

一子さんまでもが参加し、後輩たちの勉強の邪魔にならないよう小声でが話し合う。

「貴子だって暇なんでしょ?何かアイデアを出しなさいよ」

「だから、私は退屈などしてませんと・・・」

「まあまあ、貴子さんも忙しいわけではないのですから」

「そうそう、忙しいとは言わせないわよ、貴子」

確かに忙しいわけではないですけど・・・

「大体、どうして私まで巻き込むのですか?」

「そりゃ、こういうのは頭数が多い方が面白からに決まってるじゃない」

そんな所だろうとは思ってましたけど・・・

「あなたはいつもそうですわね。面白そうと言うだけで、騒動を起こして、それに私まで巻き込んで・・・」

「別にあんたを巻き込むつもりなんてないわよ。貴子が巻き込まれるところにいるだけじゃない」

「嘘ですわ、幼稚園の時だって」

「あっ、あんた、あの事、まだ覚えてたの?相変わらず執念深いわね」

「あのような事をされたら、嫌でも忘れられませんわよ」

「貴子さんとまりやさんのお二人は、幼稚園の頃からご一緒でしたのね。もしかして、幼馴染ですか?」

「そうですわ、あの時も私が後でどれだけ恥ずかしい・・・」

顔を上げると、勉強をしていたはずの4人が車座になった私たちを見下ろしている。

「あっ、続けてください。貴子お姉さま」

「なのですよ~」

「私もぜひともお聞かせ願いたいですわね。貴子さん」

「僕もちょっと聞きたいですね」

コホンと軽く咳払いをして・・・

「宿題、お続けください」

そう言うと、4人は落胆の声を出して、元のテーブルに戻っていった。

「後で皆に教えてあげるわね」

「まりやさん・・・あれ、言いますわよ」

「あれを言えば、貴子のあれもばらすわよ」

顔を近づけ、お互いの黒歴史を囁きあう。

「えぇ、聞きたいです~秘密はお墓の下まで持っていきますから」

どこでそういう言い回しを覚えたのかは知らないが、すでに墓の下に入ってしまっている一子さんが言う。

「一子ちゃん、それ、全然、説得力ないし」

「とにかく、過去の汚点には触れない事にしましょう。お互い」

「先に触れたのは貴子じゃない」

瑣末な過去のことなど忘れました。

「えー、そうなんですか?」

「つまらないのですよ」

「あらあら、残念ですわね」

「聞きたかったんですけど・・・」

不満を漏らしながら、4人が元のテーブルに戻る・・・油断も隙もない人たち・・・

  

はぁ・・・溜息が漏れる。全く、噂好きなのは恵泉の伝統でしょうか・・・

トントンと言う包丁がまな板を叩く心地いい音がキッチンに響く。隣では奏さんがスープの味を取っている。

食事は交代で作ることになっていたはずだが、一子さんは食べれないし、瑞穂さんは作る意欲はあってもレパートリーが決定的に不足している。逆にまりやさんはレパートリーはあるはずなのだが、意欲が決定的に不足している。

そういうわけで、残りの4人の中で手のあいているものが適当に作る事になってしまった。

11時30分を少し回った、この調子だとお昼は少し早めになりそうだ。

由佳里さんはまだ宿題のノルマが出来上がっていないので、紫苑さまに見てもらいながら、テキストの前でうなっている。

奏さんの作っていたスープが出来上がった。次は私がコンロの前に立ち、中華なべをコンロにかける。

実家ではあまり中華が食卓にあがることはなかったが、瑞穂さんが好きで最近はよく食べるようになった。

そういうわけで、今日のお昼は簡単にチャーハンと中華風スープに決定。

「6人分も作るのは凄く大変なのですよ~」

大きな鍋になみなみと作ったスープの味を調えるのに苦心していた奏さんが悲鳴を上げる。

「そうですわね・・・私も普段は二人分ですから」

油を引いた中華なべにハムや野菜を入れて炒めていく。人数が倍だから調味料も倍、では美味しくないのが料理の難しい所。

「そういえば、貴子お姉さまはお姉さまと一緒に暮らしていらっしゃったのですよね?」

「ええ・・・そうですわよ」

「それでお食事の準備をして。まるで主婦みたいなのですよ」

顔がカーッと熱くなってしまう。

「奏も好きな男性に食事を作ってあげたいのですよ」

「そっそうですわね」

主婦みたい・・・主婦・・・今すぐにでもなりたい。

お忙しい瑞穂さんの帰宅にあわせて、たっぷりと時間をかけた料理を作った待つ・・・ご近所の方に奥様とか呼ばれて・・・

「貴子お姉さま、チャーハンを作って欲しいのですよ」

やっぱり、瑞穂さんのことはあなた、とお呼びするのが正しいのでしょう。あなた・・・でも、私はお前と呼ばれるのは嫌ですわね。貴子と名前で呼んでいただくほうがいいですわ。

「駄目そうなのですよ・・・」

あっ、瑞穂さんがどうしてもお前と呼びたいのでしたら、もちろんそう呼ばれるのに異存は全くないというか、それはそれで嬉しいと言うか・・・そういえば、瑞穂さんはいつまで私を「貴子さん」と、さん付けで呼ぶつもりなのでしょうか・・・

「貴子、いつまでトリップしてんのよ!」

パカンと言う心地良い音で私の後頭部でなり、現実世界に引き戻された。叩かないでください、まりやさん。

なお、私の作っていたチャーハンは奏さんが仕上げて、すでに盛り合わせていた。いつの間に・・・

  

昼食が終わる頃には雨は小降りになり、夕日が水平線に落ちる頃には空の大部分から雲は消え去っていた。

雨が空を洗ってくれたおかげで、夕日の残り日が西の空を朱色に染め上げ、東の空には美しい星空が広がり始めているのが、普段異常に美しく見える。

キッチンからは紫苑さまと由佳里さんが用意している食事のいい香が漂い始めてきた。

今日は一日ごろごろしただけ。こういう時は変な疲労感を覚える。慌しい方が性にあってるのでしょうね、私は。

外に置きさらしだったビーチサンダルは、雨に濡れて少し冷たい。それに足を入れて、雨に濡れて硬くなった砂浜に下りた。

「あれ、貴子さん、もうすぐ食事ですよ」

声をかけてきた瑞穂さんに「散歩ですわ」と答えると、彼も同じように砂浜に降りてきた。

「お付き合いしますよ」

「はい」

どちらからともなく手を繋ぎ、夕闇が支配し始めた雨上がりの砂浜を歩く。

西の空を覆い始めた星のきらめきは、明日の好天を予告しているよう。最終日の夜には、対岸の港で大きな花火大会があるそうだ。

「久しぶりですわね、二人っきりは」

「そうですね。ベッドに入ってもお互い、すぐに眠ってしまいましたから」

「毎日、朝から晩まで浜辺で駆け回っていれば、疲れて当然ですわ」

たわいもない会話をしながら砂浜を歩いているうちに、波打ち際についてしまった。雨の所為で海水が素足のつま先に少し冷たい。

振り向けば明かりのついたリビングで、友人たちが夕食の準備をしている。あの調子でしたら、もう少しは二人っきりの時間が楽しめそう。

特に何をするわけでも何を話すわけでもなく、私たち二人は手を繋いだまま、夜が訪れようとしている海を見つめ続けていた。

「そろそろ帰りましょうか?ご飯も出来てるみたいですし」

瑞穂さんにそういわれ、顔を別荘の方に振り返れば、一子さんがふわふわと浮かびながら手を振っているのが見えた。

本当にたまにはこう言う一日の過ごし方も悪くないですわね。

  

その頃の別荘。

「キス、しなかったから、私と奏ちゃんの勝ちね。紫苑さまと由佳里、はい、500円」

(おしまい)