卒業した年の大晦日。貴子視点。過去にうpしたSSとは全く関係ありません(特に「ミスキャンパス?」とは全然関係がありません(ぉ)))
大晦日の夜、数ヶ月ぶりに家族そろっての食事の後。使用人が淹れた暖かな紅茶の湯気が揺れている。
明日、厳島グループの幹部たちが新年の挨拶に来るから、それだけの理由で父と兄は帰ってきたのだ。
父にとっては、自分が企業人としてだけではなく、「家族人」としても成功している事を見せるため。
母にとっては、自分が間違いなく厳島の正妻である事を示すため。
兄にとっては、自分が父の後継者である事を、父の部下に示すため。
私以外の家族はそれぞれの思惑を持って、久しぶりに家に帰ってきたのだ。では、私はどうしてここに居るのだろう?理由なんてないのに・・・
誰も特にしゃべらない。しゃべるような事もないんだから当たり前。
こんな雰囲気で飲めば、どんなお茶とて美味しいとは思えない。周防院さんの淹れた紅茶が飲みたいなぁ・・・
私は瑞穂さんと一緒に寮の部屋で飲んだ紅茶の味を思い出した。
私はいたたまれなくなり、ティーカップを置いて、席を立とうとした。
「ご馳走様・・・」
早く部屋に帰ろう・・・そうだ、瑞穂さんに電話をしましょう。年が明けるまで長電話してたら、ご迷惑かしら?
年明け最初の言葉を聞いてもらおう。そして、最初の声を聞かせてもらおう。
「貴子・・・・・・・を・・・・・・する・・・お前も・・・・・・しなさい」
えっ!?その父の声は、幸せな空想に逃避していた私を、乱暴に現実へと引き戻した
「聞いてなかったのか?明日、兄さんと十条の娘さんとの結婚を正式に発表する。お前も新年の挨拶に参加しなさい」
「どうして!?結婚は紫苑さまの大学卒業を待って、ではなかったのですか?!」
「先日、彼女が倒れた。結婚するまでに死なれれば、あの家への投資が無駄になる。春には挙式だ。」
ははは・・・仮にも義理の娘になる人間が倒れたのに、命の心配の前にお金の心配ですか?お父様。
きっと、私が倒れても、同じようにしか思わないのでしょうね・・・
私は何もいわず、静かに自室へと帰った。そして、何枚かの下着と服、そして、大事に隠してあった茶封筒を恵泉時代に使っていたボストンバッグに押し込んだ。
怒りと言うのは、限度を超えると麻痺するのだろうか?それとも、本当に怒ると激情は浮かばないものなのか?
また、瑞穂さんにご迷惑をかけてしまう・・・ただ、それだけが心を痛めていた。
荷造りを終えると、私は再びリビングに降りた。最後の挨拶をあの人たちにしなければ・・・
「長らくお世話になりました」まだリビングでテレビを見ていた家族に私は深々と頭を下げた。
「19年にわたって、飢えない程度の餌と、雨露をしのげる鳥篭を提供していただき、非常に感謝しています。そして、醜悪な家族像は、将来、私が家族を作ったときにきっと良き反面教師になることでしょう。」
私は冷たい声で別れの口上を述べ続ける。
「言いたい事は山のようにありますが、これ以上、あなた方の吐いた空気を吸い続ける気にもなりませんので、ここまでにしておきます。
では、失礼いたします。」
兄と母はポカンとしていたし、父の顔は見る見るうちに怒りで赤くなっていた。
その3人の表情がおかしかったので、つい笑みがこぼれてしまった。多分、小馬鹿にしたような笑みだったと思う。
父の我慢の限界はここまでだったようだ。私が背を向けるよりも前に、私の頬が父の平手ではじけた。
「出て行け」
父に叩かれたのは初めてだ。いや・・・これは父親としてではなく、小娘に馬鹿にされた大人の男としての平手打ちだ。
駅までの道は薄暗かったが大通りに出てしまえば、大晦日の夜という事もあり、車も人も多く、一人で歩いてても怖くはない。
誰も追いかけてこない。あの家で、私は要らない子供だとは思っていたが、ここまで態度で表されると辛いというよりも呆れてしまう。まあ・・・あそこまで言われれば、追いかける気もなくして当然か・・・
グレて家名を傷つけるような事をやる・・・とは思わないのだろうか?それとも、2-3日すれば帰ってくるような、いわゆるプチ家出だと思われているのか?
終電にまでいくらかの時間のある駅には、酔客待ちのタクシーが鈴なりになっていた。
電車で、とも考えたが、瑞穂さんの家から最寄り駅までは多少の距離があることを思い出せば、電車で行く事はためらわれた。
ポケットにねじ込んだ財布には、1万円札が2枚と千円札が4枚ほど入って・・・いる。財布の中身を確認すると、1台のタクシーの窓を軽く叩き、中で仮眠をとっていた運転手に声をかけた。
手短に瑞穂さんのお宅の場所を告げ、タクシーに乗ると、途端に心細くなる。
面倒な女だと・・・面倒ごとに巻き込まれた、とは思わないだろうか?非常識ではないのか?嫌われないだろうか?
不安は一度浮かび上がれば、消えることなく、心の中で揺れ続け、それが心そのものを揺らし始める。
(紫苑さまを見捨てて家に帰れば、明日からまた普通に瑞穂さんに会える)
嫌な女!最低!最低!!最低!!!
頭を振って、その考えだけは心から追い出そうとする。しかし、そうすればするだけ、その嫌な考えは心を満たし、黒く染め上げていく。
タクシーは家々から明かりの漏れる住宅地を抜け、私が説明したとおりの道を走って、瑞穂さんの家の前についてしまった。
もし、瑞穂さんの家が後10キロも遠ければ、私はタクシーの運転手に、引き返すように言ってしまったかも知れない。
料金を支払い終わると、タクシーは私をおいてさっさと行ってしまった・・・当たり前ですけど。
何度も利用した事があるインターホンをいつものように押す。初めてこれを使ったときは、無駄に緊張したように思う。もう、すっかりなれたつもりなのに、今日はやけに鼓動が早い。
数秒の沈黙の後、優しい暖かい声が聞こえた。
「どちら様ですか?」
「貴子です、厳島貴子です・・・」
「えっ?貴子さん?こんな時間に・・・今すぐ行きます!」
通話状態になったままのインターフォンから、パタパタというスリッパの音が響く。
瑞穂さんが門に来るまでの数分が数時間に感じたことは言うまでもない。
瑞穂さんの顔を見ると、安堵したのか、私の全身から力が抜け、瑞穂さんの胸に倒れこんでしまった・・・
「まあ・・・その格好でこの時間に出歩いてれば、倒れて当然ですよね」
あう・・・瑞穂さん、少しあきれてる。私は改めて自分の格好を見下ろした。部屋着にしている薄手のトレーナー。足元は素足にスリッパ。冷静なつもりでしたのに・・・
倒れてしまった私は、瑞穂さんに抱きかかえられ、瑞穂さんのベッドの上に連れて行かれていた。
瑞穂さんは目を覚ました私に温かな紅茶を手渡し、おそらくは、私が寝ている間中ずっと気になっていた質問を口に乗せた。
「何が・・・あったのですか?」
静かな優しい声。でも、今の私にとっては、裁判官の詰問ように聞こえる。
手が震え、手渡された紅茶のカップとソーサーがカチカチと澄んだ音を立てる・・・言わなきゃ・・・言いたくない・・・
そんな私の震える肩にふわりと暖かい上着がかけられる。
「僕のどてらですけど」
少し照れたような、心配するような表情。
ふふ・・・瑞穂さんって、良い所の御曹司なのに、何でこんなに庶民的なんでしょうね。暖かい・・・その暖かさが私に少しだけ勇気をくれたような気がした。
いつの間にか震えは止まっていた。私は大きく息を吸い込み。
「紫苑さまを助けてください」
最初の一言を言えば、後は決壊した池のごとく、言葉はいくらでも流れ出した。父が門地の為だけに紫苑さまと兄との結婚を進めている事。そのために金で紫苑さまを買おうとしていること。紫苑さまが倒れられた事、その所為で式が早められた事。
気が付けば、それを洗いざらい全て瑞穂さんにぶちまけていた。
そして最後に・・・
「他に・・・ほかに相談できる方も居なくて・・・ご迷惑なのは十分わかっています。私が迷惑なら、もう、お会いもしません。ですが・・・紫苑さまだけは。紫苑さまだけは・・・父の・・・あの家の・・・厳島の・・・」
涙がこぼれた。瑞穂さんの上着に頂いた勇気はもう売り切れ。
そんな私の体が優しく抱きしめられる。
私は手にティカップを持っていたことも忘れ、瑞穂さんの体に抱きついた。手から落ちたティカップが布団の上ではね、そのまま床に落ち、紅茶をじゅうたんに大きなしみを作った。
「ありがとうございます・・・教えてくださって」
その言葉を聞いたとき、私は子供のように大声を出して泣いてしまった。最後の一滴まで涙は流れきったと思う。
その日の私はそのまま、泣き疲れて眠ってしまった。翌日起きると、瑞穂さんがソファで寝ていた。いまさら・・・と思うけど、凄く瑞穂さんらしいと思って、なんだか笑ってしまいました。
「瑞穂さん・・・起きてください」
昨日たっぷり泣いた所為で、まぶたがはれぼったい。本当は顔を洗ってから瑞穂さんを起こしたかったけど、この家の洗面所の場所を私は知らない。
「あっ・・・おはようございます、貴子さん」
少し眠そうな顔。昨日、アレだけ泣いてしまったことを思い出して、瑞穂さんの顔をまっすぐに見れない。
「昨夜は取り乱してしまって・・・」
赤くなって下を向いてしまう。うつむいた視線の先には自分が持ってきたボストンバッグがある。
「いいえ、紫苑さんは僕の友達でもありますから。助けたいのは貴子さんと同じです」
少しだけ、少しだけだけど、紫苑さまに嫉妬してしまう。あぁ、また、自己嫌悪・・・
そんな私の気持ちを気が付かないような瑞穂さんは、ソファに座りなおして、少し考え込む。
「でも・・・助けるって言っても・・・どうしたら・・・」
あっ!その言葉を聞いて、私は自分のボストンバッグに飛びつく。
バッグを開けると・・・一番上にはなぜか目覚まし時計が入っていた・・・確かにお気に入りだけど、これはあまりいらないような・・・落ち着いてるつもりだったんだけどなぁ
瑞穂さんに背中を向けたまま、ボストンバッグをあさる。確かに入れたはずなんだけど・・・目当ての茶封筒を見つけ出して・・・
「あの!これ・・・」
「これは?」
「内部告発・・・と言うものです・・・大学に入ってから、自分の手で集めました」
厳島グループも一枚板ではない。むしろ、父の強権で無理矢理押さえつけているようなもの。少し調べれば不満を持っているものは何人でも探せました。そういう方から得た不正の記録と兄の女性遍歴・・・と言っても、大部分が現在進行形なんですけど・・・
「これを・・・鏑木の、父のツテで公表して欲しい・・・と言う事ですか?」
「公表するかしないかは、瑞穂さんのお父様が決めてくだされば結構です・・・」
紫苑さまがあの家に嫁がせなければ・・・厳島の家が栄えようと、潰れようと、もう、私には関係ありませんから。
「わかりました。父に相談してみます。それより・・・紫苑さんのお見舞いに行きませんか?」
「えっ・・・駄目です!私は紫苑さまに嫌われてますし・・・どの顔で行けば良いのか・・・それに、どこに入院されてるか知りませんし」
「確かに僕も知りませんね」
そもそも、いつ倒れたのか、どう倒れたのかも教えてもらってない。今も入院中なのだろうか?
「じゃぁ、全部終わったら、紫苑さんのお宅に行って見ましょう」
全部が終わったら・・・終わったら会いに行けるのだろうか?
「あっ、それと・・・あけましておめでとうございます」
瑞穂さんが深々と頭を下げる。そういえば、今日は元旦でしたね・・・綺麗に忘れてました。
それから半月が瞬く間に過ぎ去った。私は結局、鏑木の家に厄介になっている。本当は何処か部屋でも借りるまで、と思ってたけど、10日ほど前にお会いした瑞穂さんのお父様に押し切られる形でこの家に住む事になった。
瑞穂さんと瑞穂さんのお父様との間にどういうやり取りがあったのかは、詳しくは聞いていない。電話とメールで連絡を取り合ってたと思うけど・・・
「僕は父にあの資料を渡して、十条の家を助けてくれ、って頼んだだけです」
いくら聞いても、瑞穂さんはそれ以上のことは教えてくれない。ただ、あれから3日後には全国紙のトップに厳島グループの不正が暴かれた記事が載り、その翌日出版された週刊誌には兄の華麗な女性遍歴が暴露されていた。
瑞穂さんのお父さんにはこの半月で3回ほどしかお会いしてない。瑞穂さんと楽しそうに話、男同士の話しと言う奴でしょうか?、をしていたのが印象的。
でも、亡くなったお母様のお話はちょっと美化しすぎだと思う。瑞穂さんも同意見みたい。いくらなんでも、野良犬と人間は会話できません。うふふ・・・でも、そこまで思われるのは正直にうらやましい。
昨日、十条の家を縛っていた何枚かの証書が家に届けられた。
薄っぺらな紙切れ。火をつければ数秒で燃えてしまうような紙切れ。こんなものでも人が縛れるのかと思うと無性に悲しいものですね。
そして、今日、私が一人で鏑木の家にいる所へ、思わぬ来客が来た。
「紫苑・・・さま・・・」
「お久しぶりです。貴子さん」
まっすぐに彼女の顔を見ることが出来ない。彼女を何年も苦しめてきたのは、間違いなく私の家なのだから・・・
「瑞穂さんに聞きました。二人だけでお話がしたかったので・・・今日、瑞穂さんに出かけていただきました」
私は何も言えなくなって、ただ、黙ってうつむいていた・・・
「先日、厳島の家から婚約破談のご連絡がございました。その前には挙式を早めると言う連絡がありましたのに」
えっ!思わず顔を上げる。良かった・・・本当に良かった。
「やっぱり、貴方でしたのね。ふふふ・・・すぐに顔に出ますもの」
「出すぎた真似・・・だと思います」
「理由だけ、教えてもらえますか?」
静かな口調、でも、有無を言わせない。
「二つ・・・あります。一つは・・・父と兄を・・・大嫌いなあの二人を、それでも憎みたくはなかったから・・・」
「もう一つは・・・エルダーは全校生徒の姉です。姉の幸せを願わない妹がいるでしょうか?」
その答えで紫苑さまが満足してくれたのかどうなのかは判らない。ただ、優しく抱きしめて・・・
「こんなしっかり者の妹がいると、姉は大変ですわね・・・」
とだけ、静かに言ってくださった。
自分の中にまだ涙が残っていた事に驚いた。
(おしまい)